最高裁判所第二小法廷 平成2年(オ)1259号 判決 1992年12月18日
上告人
鈴井喜代三
右訴訟代理人弁護士
保津寛
露口佳彦
佐々木信行
小野博郷
被上告人
株式会社協立倉庫
右代表者代表取締役
境和義
右訴訟代理人弁護士
山崎忠志
主文
一 原判決中、上告人の敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。
二 被上告人は、上告人に対し、別紙目録金額欄記載の金員及び同目録内金欄記載の各金員に対する同目録起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人佐々木信行の上告理由について
株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない。
これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によると、(一)被上告会社は、倉庫業を営む株式会社であり、上告人は、昭和四五年一二月から昭和六〇年六月一四日に任期満了により退任するまで被上告会社の取締役であった、(二)被上告会社においては、その定款に取締役の報酬は株主総会の決議をもって定める旨の規定があり、株主総会の決議によって取締役報酬総額の上限が定められ、取締役会において各取締役に期間を定めずに毎月定額の報酬を支払う旨の決議がされ、その決議に従って上告人に対し毎月末日限り定額の報酬が支払われており、その額は昭和五八年一二月現在五〇万円であった、(三)被上告会社の株主総会は、昭和五九年七月一三日、上告人が常勤取締役から非常勤取締役に変更されたことを前提として上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨を決議したが、上告人はこれに同意していなかった、というのであるから、株主総会において上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議がされたことによって、上告人がその任期中の報酬の請求権を失うことはないというべきである。
したがって、右株主総会決議によって、上告人は、その翌日である昭和五九年七月一四日以降の取締役報酬請求権を失ったとして、上告人の本訴請求のうち同日から上告人が取締役を退任した昭和六〇年六月一四日までの報酬及び各月分の報酬についての翌月一日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきものとした原審の判断は、株式会社の取締役の報酬についての法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。論旨は理由があり、原判決中の上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては、上告人の本訴請求は理由があるので、右部分を棄却した第一審判決を取り消し、昭和五九年七月一四日から昭和六〇年六月一四日までの間の報酬合計五五二万三六五六円及びこれに対する各月分についての翌月一日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についても上告人の請求を認容すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)
別紙
目録
金額
内金
起算日
五五二万三六五六円
二九万三二三円
昭和五九年八月一日
五〇万円
昭和五九年九月一日
五〇万円
昭和五九年一〇月一日
五〇万円
昭和五九年一一月一日
五〇万円
昭和五九年一二月一日
五〇万円
昭和六〇年一月一日
五〇万円
昭和六〇年二月一日
五〇万円
昭和六〇年三月一日
五〇万円
昭和六〇年四月一日
五〇万円
昭和六〇年五月一日
五〇万円
昭和六〇年六月一日
二三万三三三三円
昭和六〇年七月一日
上告代理人佐々木信行の上告理由
一 原審は、
「取締役報酬は職務執行の対価であるから、任期途中に取締役の職務内容に著しい変更があれば、取締役報酬もそれに応じた変更を加える必要があるし、また、定款に定めがないときは、そもそも、株主総会に取締役報酬金額を定める権限があるから、任期途中の取締役の職務内容に著しい変更があり、かつ、それを前提として株主総会が当該取締役の報酬の減額ないし不支給の決議をしたときには、例外的に、会社は、当該取締役の同意を得ることなく一方的にその報酬を将来に向かって減額ないし無報酬とすることができる」
と判示したが、右は法令の解釈を誤ったものでありこの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
二 原審も原則として認めるとおり、取締役の報酬額は、一旦決定された後には、当該取締役の同意なくして一方的に変更しえないのである。
その理由は、
1 会社と取締役との間の任用契約は、報酬の特約があるときは、有償委任契約となること
2 会社側に一方的に報酬額の変更権を認めると商法二五七条一項但し書きの潜脱が容易となること
である。右の理由をさらに敷衍する。
いったん有償委任契約として成立した取締役任用契約については、契約法の原則に従って特約のない限り、当事者の一方に変更権を生ずることはありえないのであり、特段の事情のない限り、契約が終了するまで、すなわち取締役の任期が終了するまでは、当該取締役の承諾なくして、有償性を失うことはありえない(東京地方裁判所昭和四四年六月一六日判決、週刊金融商事判例一七五号一六ページ)。大株主が奉仕的に取締役に就任した古い時代の会社経営と異なり、企業所有と企業経営の分離が徹底し、いわゆるサラリーマン重役による経営が通常となっている現在においては、大株主が取締役となる場合は別として、通常、取締役は、有償委任契約であるからこそ就任するのであって、その地位が、任期中会社の都合によっていつでも任期中無償になることもありうるという不安定なものであれば、有能な経営者を得ること自体が困難となる。
商法二五七条によると、任期の途中で株主総会の決議により取締役を解任したときは、当該取締役は、会社に対して損害賠償請求権を有するのであり、その損害の範囲は、通説判例によると逸失利益すなわち残存任期期間中の取締役報酬が当然含まれるのである(大阪高等裁判所昭和五六年一月三〇日判決、判例時報一〇一三号一二一ページ、味村治・品川芳宣共著「役員報酬の法律と実務」八四ページ)。この解釈は、取締役はいったん取得した報酬請求権は、その任期中正当な理由がない限り、株主総会の決議をもってしても奪われることがないということを当然の前提としていることは疑問の余地がない。
原審の解釈によると、まず取締役会において当該取締役の職務内容を変更したのち、株主総会において当該取締役に報酬を支給しない旨の決議をなし、ついで当該取締役の任期満了時の株主総会における取締役選任決議において当該取締役を再任しないことによって、商法二五七条一項但し書きの規定を容易に潜脱しうるということとなる。本件被上告会社のとった措置はまさに右の商法潜脱を狙いとしてなされたことが明らかである。
三 仮に、会社が、取締役の職務内容の変更に応じて、取締役報酬に変更を加えることが許されるとしても、全く無報酬とすることまで許されるものではない。
いったん有償委任契約が成立しているのに、会社側に一方的に無償委任契約に変更しうる権限を認める法的根拠は全くないはずである。論理的にも無報酬にすることは、報酬額の変更といえるものではないのである。
一般に、有償契約を無償契約に変更する形成的権利を当事者の一方に認める理論は判例学説上もみられないのであるが、原審はいとも簡単になんらの根拠も示さずに独自の理論を打ち出しているのである。
四 仮に、会社に取締役の報酬額を変更(減額)する権利があるとしても、その額を決定するにあたっては、原審がいうように、単に常勤取締役から非常勤取締役に変更になったという一事のみを勘案すれば足りるというものではない。非常勤取締役といえども、会社に対する忠実義務(商法二五四条の三)競業避止義務(商法二六四条)、第三者に対する責任(商法二六六条の三)を負うものであること、従来の当該取締役の会社に対する寄与の度合、常勤取締役就任の経緯、常勤取締役在任中の職務の内容、他の取締役の報酬額とのバランス等を勘案して決定するべきものである(次項掲記の大阪地方裁判所判決はこれらの諸事情を考慮して報酬額を減額した事案に関するものである)。
五 被上告人は第一審において、大阪地方裁判所昭和五八年一一月二九日判決を援用して会社に取締役の報酬額の変更権があると主張した。しかし、右判決の事案と本件の事案とは相違があり、また右判決によっても、会社に取締役の報酬額を減額をする権利を認めたに過ぎないのであって、無報酬とする権利まで認めたものではない。
右判決は、いったん定められた取締役報酬が、その後会社の都合によって自由に減額されうるのであれば、商法二五七条の趣旨は没却されてしまうから、いったん定められた役員報酬は、当該取締役の同意がない限り、その任期中に減額することは許されないと解すべきであるとの原則を明示し、例外的に取締役が任期中、当該取締役の承諾の下に従前担当していた業務執行を担当しなくなってその職務内容に変更が生ずる等の事情の変更があった場合には、会社において当該取締役の同意を得ることなく一方的にその報酬額を減額することができると判示しているのである。
右事件と本件とでは、常勤取締役が非常勤取締役に変更になったことは共通するが、左の点において事案が異なる。
1 右事件では、非常勤取締役となることについて当該取締役も同意しているが、本件では上告人は同意していない。
2 右事件では、当該取締役の報酬額は代表取締役よりも高額であったものを、非常勤取締役になった後は他の取締役の報酬額とのバランスを考えて減額したのであるが、本件上告人は非常勤取締役になった後は無報酬となった。他の非常勤取締役である境朝子(鈴井玲子の昭和五九年一二月一八日付証言調書一〇、三七項)の報酬額が当時月額金四〇万円(<書証番号略>)であったこととの均衡など全く考慮していない。被上告人は、ただ単に上告人放逐の手段としてその報酬を不支給としただけである。
六 取締役就任にあたって定められた取締役報酬額は、特段の事情がない限り、その任期中減額されないというのは、有償委任契約の性質上当然の事理である。この契約法上の法律関係に組織法上の事実を作用させて、会社が一方的にその内容を変更できるとするのは、背理である。原審は、取締役会に対しては取締役報酬額の変更ないし不支給とする権限を認めなかったが、株主総会にはこの権限があるとの見解を示した。しかし、いったん契約によって定められた法律関係の内容を当事者の一方が変更できるのは、事情変更の原則といったような契約法上の原理の適用が許される場合でなければならないはずである。取締役会であろうと株主総会であろうと、会社に、個々の取締役との間の契約の内容を一方的に変更する権利を認める根拠を会社法に求めることは許されない(もっとも原判決には事情変更の法理を用いたかのような措辞がみられないこともないが、単に上告人の職務が常勤から非常勤に変更になったとの一事をとらえているに過ぎず、第四及び五項記載の上告人が主張するその他の事情には全く触れていない)。
仮に、本件において、上告人の取締役報酬を変更しうるような事情の変更があるとしても、前述のとおり、被上告会社に本件有償委任契約を無償委任契約に変更しうる形成的権利を認める理論的根拠は全く認められないのである(前掲大阪地方裁判所の判断も、有償委任契約を無償委任契約に変更することまで認める趣旨でないことは明らかである)。
以上のとおり、原審の、上告人の被上告人に対する昭和五九年七月一四日以降の取締役報酬請求権が存しないとの判断は、取締役任用契約の性質についての誤った解釈にもとづくものであって、原判決は破棄を免れない。